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阪神タイガース福原忍、お疲れ様~年棒の推移がすごかった選手

阪神タイガース福原忍選手が戦力外となることがわかりました。ここ数年、阪神タイガースのセットアッパーとして欠かせない存在だった福原忍選手。2016年シーズンは生涯最高年俸で臨み、更なる飛躍が期待される年だったわけで、非常に残念です。

この投稿では彼の現在(2016年)までの歩みを振り返るとともに、福原選手をはじめ、年棒の推移がすごかった選手を紹介したいと思います。

福原忍

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略歴

広島県三次市出身。二岡智宏とは小学校から広陵高校まで同窓で、小学校では4度クラスメイトになった。野球を始めたのも二岡と兄の影響である。高校3年時は二岡との二枚看板で夏の広島大会では優勝候補筆頭に挙げられていたが、新井貴浩を擁する県立広島工業高校に敗れた。東都大学野球連盟所属の東洋大学に進学後は4年秋の2部リーグで6連勝をして1部復帰の原動力となり、1998年のプロ野球ドラフト会議で阪神タイガースから3位指名を受け入団。

引用:wikipediaより

プロ入り後は、主に先発投手として順調に活躍するも、2002年オフに肩の手術をした後、成績が低迷。中継ぎに転向した2010年は、プロ入り後初の未勝利のシーズンとなる。しかし、2011年以降は中継ぎ投手としての資質が開花し、主にセットアッパーとしてシーズンを通してフル回転の活躍をみせる。2014年、2015年は最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得。

二岡選手とは小学校から高校まで、12年間をともに過ごしたことになります。そこで、二岡と対比する形で年棒の推移を見てみましょう。
二岡智宏

年棒の推移(二岡と併記)

福原と二岡推移
一般的にプロ野球選手の年棒は、放物線を描くように30歳前後をピークとして以降は下降線をたどり、引退となるのが典型的です(二岡参照)。しかし、福原の場合は、一旦2007年に1億3000万円でピークを迎え、その後2016年にかつてのピークを更新する(1億5000万円)という、かなりめずらしい動きとなっています。

そして二岡との比較の観点では、両名とも2006年シーズンまでは順調にキャリアを積んでいきますが、まず福原が2007年シーズンの成績が『2勝8敗、防御率6.53』と不調に終わり、以後低迷します。そして後を追うように、二岡は翌2008年に女性スキャンダル(山本モナとの五反田不倫事件)があり、以降日本ハム移籍後、DHや代打で活躍するも2013年シーズンで引退を迎えます。

さすが12年間の同窓生、プロ野球でのキャリアも同じように終わっていくのか、と思いきや、福原は違いました。福原は2010年以降、中継ぎとしての実績を着実に積み、2016年シーズンに自身の年棒MAXを更新したわけです。そこから戦力外通告、、、。波瀾万丈ですね。

中村紀洋の年棒推移がすごい!!

二つ目の話題、年棒の推移がすごい選手。私の主観になりますが年棒の推移が最もトリッキーで波乱万丈な選手生涯を終えたのは、中村紀洋選手でしょう。以下に彼の年棒推移を記しておきます。

中村ノリ推移
中村紀洋

こんな選手、他におらへんで!!

まとめ

最後に、二岡引退時の二人のコメントを紹介しておきます。仮に福原選手が現役続行叶わず引退となったとき、二岡がどんな言葉をかけるのでしょうか?

<二岡>2014年1月10日:引退記者会見にて

「1年でも長く現役でやってもらいたい」
「小学校から一緒に野球をやっている阪神の福原との対戦は、やりづらい感情もあったし、打ってやろうという感情もあった。」

<福原>2014年1月11日:ローカルTVにて

「(二岡から)電話があって『お疲れさん』と言いました。(自分は)1日でも長くできるようにがんばります」
「何とか抑えてやろうと目標にしていた」

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